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相撲を原点から見直す
このページは陸奥部屋の公式ページではなく、また、元大関霧島の見解を反映するものでもありません。独立した、まったく自由な立場から書いていますので、そのつもりで読んでいただき、メールボックスへの御批判を歓迎します。
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将来は英語ページもつくる予定です。なお、内容はそれぞれ異なります。
相撲がほかのスポーツと違う点はいろいろありますが、特におもしろいのは
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基本ルールが単純で、しかも無限の可能性を秘めている
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土俵は丸い (霧島「土俵は不思議な空間」参照)
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まわし一本のほかは、なにもなしで勝負する
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大相撲では体重区分がない
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古くからのスポンサーシステム、スターシステム
というようなことでしょう。ここから、たくさんの特徴が生まれます。
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人間のすべての力が限られた空間と時間の中で炸裂する
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空間 土俵の直径4.55mは、力士の体にくらべれば狭い
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時間 取組は数秒がふつう(まれに数分まで)、その間の一瞬一瞬が勝負
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力 心・技・体といわれるように、体力より技、技より気力が決め手
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相撲の基本ルールほど簡単なルールは、ほかにない
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土俵から出たら負け、足の裏以外に土がついたら負け
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ここまでは、だれにでもわかる
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至上の美は、つねに簡素という大原則にかなっている
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勝ち負けの予測がむずかしい
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大きい方が勝つとはかぎらない
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上位力士が勝つともいえない
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土俵際での逆転勝ちの可能性はつねにある
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前場所で成績のよかった力士が負けに負けるのはしょっちゅうのこと
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すべてが二人の力の微妙なバランスにかかっている
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物言いがついてビデオで見ても勝負の判定がむずかしいことがある
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一瞬でも気を抜いたら負ける
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気力で圧倒されていれば、かならず負ける
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勝つために卑怯なことをしたら、かえって負けることが多い
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大相撲はつねに進化している
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丸い土俵ができたのは300年ほど前(相撲の永い歴史から見たら新しい)
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千秋楽に幕内も取組むようになったのは、旧国技館のできた1909年から
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その前は、千秋楽は幕下取組だけ、幕内は土俵入りのみ
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仕切り直し時間の制限は昔はなかった
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ラジオ中継が始まってから幕内10分(1928年)
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テレビ中継が始まった(1953年)あとから、現行の幕内4分
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土俵の直径が今の4.55mになったのは1931年
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(1945年には4.85mにしたこともあるが一場所だけ)
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土俵の屋根が神道スタイルになったのも1931年から
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古い伝統を守りながらも脱皮していくのが相撲の歴史
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主力スポンサーは時代に応じてかわっている
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古代は皇室
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中世、近世は武家(将軍、大名)
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近世後期は商家
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近代は企業人
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改革派の方が本当は保守派
ですから、相撲はただ伝統が古いから貴いのではありません。相撲の美は伝統美だという言い方は、相撲をかえって小さくしてしまうものです。伝統は心と一体になっているときに美しいのです。
相撲に勝つことは、自分に克つことだといわれます。人間の、自分を超えた力が、土俵の上で一瞬に集中するところが、相撲の美なのです。
そして、二人の力のバランスがどう働くのか、だれにも予想できないときこそ、相撲はかぎりなく面白いのです。
しかも、基本ルールはだれでもわかるのですから、相撲は世界に通用する究極のエンターテイメントだといえるでしょう。
小錦を右から攻めたてる小結霧島(1986年九州場所10日目)
拡大写真はここを押す (160k)
北天佑をうっちゃった瞬間(1990年夏場所8日目)
拡大写真はここを押す (128k)
相撲をつまらなくするのは、八百長だけではありません。勝負の成り行きが始めからわかっている相撲なら、面白いはずがないのです。
どんな取り方をするのかわからない力士、勝つか負けるか予測できない勝負に、どの時代でも人気が集まるのはこのためです。ただ弱いものの肩を持つということだけではないのです。
ですから、相撲のいい取組のサスペンスは、最高であるはずで、ほかの格闘技をはるかに超えるものでなければならないはずです。ところが現実には必ずしもそうなっていないのは、いったいどういうことなのでしょうか。
稽古不足の安易な勝ち方など、もう見たくもないという、はっきりした姿勢を示さないのは、観客側にも後援者側
にもメディアにも、大きな責任があるのではないでしょうか。一人前の力士ならだれでも、自分の相撲が取れたということにしか本物の満足感は感じていないの
ですから。